Wednesday, August 22, 2007

Narrow Road to the Interior - Stage 3 : Day 9, 10 and 11

[in Japanese 日本語]
Day 11:
飲んだ後、自由が丘の街中を歩いていた。
目に入る街の景色が淡い、というかすべてのモノの色が薄く見える。酔っているからだけではなさそうだ。
まだ暑い。

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Day 9:
芭蕉は新潟では海沿いを歩いていない。とーぜん私も同じ行程を進むことになった。日本海を見ながらの快走を目論んでいただけにちょいと残念。

北国街道を西へのんびりと進むと弥彦という町についた。芭蕉も泊まった場所だ。句碑のある寺の境内では2人の男性がシートを敷いて壜ビールを並べている。なかなか良い。寺の隣は競輪場になったいた。レースは行われてはいなかったが京王閣のレースの場外売り場になっていて人の出入りがある。入場は無料だ。私も入ってみた。
人の数は全部でも100人ぐらいか、みんなのんびりと楽しんでいる。のどかな景色だ。場内で女性グループのポスター、のぼりが目に付いた。”スピリッツ”と名乗る彼女等は競輪のキャンペーンガールらしい。知ってました?私はしらなんだ。競輪選手のごとく、9人の女性は1から9の番号をつけている。1番が一番かわいい。何事もそういうものである。

寺泊でよーやく海沿いの道に出たがもう時間が時間、午後5時ぐらいである。今日は上越まで行くつもりでいたが、そーするとまた深夜に及ぶナイトランになりそうだ。「今日は柏崎あたりかな。」と思う。
出雲崎で日暮れを迎えた。「また、真っ暗なな中をおっかなびっくり走るのかなあ」と心配していたのだが海沿いには町が多く、ここは新潟、そう道は良いし街灯も多い。快調に進む。

柏崎まであと20km程度まできたところで道の真ん中に看板が立っていた。
忘れていた。「来た。」と思った。


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Day 10:
出されたリポビタンDとウーロン茶で休憩していると目の前に車が止まった。出てきた2人の男はいずれも作業着姿でみるからにガテン系である。50がらみの男が我々を見ると言った
「西山から来た応援や。なんや、もう終わったんか?」
その質問が私に対して言われたような気がしたので答えた
「ええ、完璧です。(^^)」
道端に詰まれた石塀の石に座ってタバコをふかしていたリーダーが笑った。

休憩が終わると作業に戻った。件のオヤジが今度は明らかに俺に訊いてきた
「柏崎(の連中)はいつもこんな(に一生懸命な)んか?」
「いや、私は今日が始めてなんでわからないんですが。」
「そうか。」
今度は作業をしている全員に聞こえるように彼がいった。
「俺ら(西山)は10分やったら20分休んどるで。仕事と違うからな。」

私は半壊した土蔵の内壁を壊していた。派遣された10数人は2グループ、①土蔵壊し班と②捨てる家具等の分解・仕分け班に分かれていた。4時には作業を終わらせなければならない。それが決まりだ。その日のうちに全ての作業が終わらないことは誰の目にも明らかであった。3時半ごろから収束方向の作業に入った。迎えの車が来ると女性の数人がお宅の奥さんに近寄り声をかけた
「がんばってね。」
件のオヤジがずかずかと奥さんに近寄った
「ここな、まだまだ(人手が)必要やろ、センターに戻ったらまた派遣が必要なようにいっとくかならな。」
さらに自分の名札を指差しいった。
「ワイは○○や、必ず言っとくからな。」
礼を言う奥さんに見送られ我々は車に乗った。

ボランティアセンターに戻ると一人のスタッフが声を上げている
「明日の朝6:30からごみ捨てがあるのですが、人手が足りません。どなたかやっていただける方はいませんか。」
明日は私の夏休み最終日、無理をすればできないことはないが・・・。件のオヤジの言葉が浮かんだ
(「俺ら(西山)は10分やったら20分休んどるで。仕事と違うからな。」)
私は手を上げるのを止めた。


この時期、ボランティアの仕事は主に個々のお宅の片付け(粗大ごみの運搬等)の手伝いである。被災した個人から要請がない限り手伝いようもない、が実際には遠慮してボランティアセンターに依頼をしないお宅もかなりあるそうである。(一緒にいたボランティアの方の話だと2週間前ほどに、「なんでもやりますのでボランティアセンターに連絡ください」旨のビラ配りをしたそうである。)

まだまだ人手は必要なようだ、そんな風に感じた。

私は高尚なボランティア精神にあふれているわけではない、柏崎に行ったのはそこがおくのほそ道の行程上にあったからだけである。被災の状況やボランティアのやり方など、何も情報を持たずに行った。冷やかしでいるつもりはなかった。邪魔ならば速やかに通りぬける、そのつもりでいた。ただ「見てみたい」そうは思っていた。

ボランティアセンターで解散するとまだ上越まで走ることは可能な時間であった。だが今回ここで止めれば次回Stage 4はここ柏崎が出発になる。「そのときにまたこの街を見てみたい。」そう思って進むのを止めた。駅に向かった。

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Day 11再び:
走らなかったがいろいろありすぎた今回であった。
あまりに走らなかったせいでよーやく夏の体ができてきた。今なら月山など一跨ぎか?!(でもそれは無理だろうf(^_^;)

WADACHIの夏は終わった、だが私の夏はまだ終わらないらしい。

モリタカはまだ歌っている。


今回のまとめは大変ですよ、これは。